2000/02/03(木)晴れ
犬:多し。うち2頭に吠えられる。
仕事が詰まってはいたが、春を思わせるような陽気なのでぶらぶらと歩いて井の頭公園へ行った。
今日は節分。弁天様のあたりが騒がしいと思ったら、豆まきをしていた。行事を終えたらしい神主さん(?)が五人ほど、升に入った豆を食いながら一列に並んで歩いている。しかも装束のままでだ。見ようによってはテオ・アンゲロプロスの映画に出てきそうな、シュールな光景だ。公園内はやたらと工事中の所が多い。2/15までは設備改良工事が続くという。
辞書と五線ノートとクッキーとコーヒーを持参。南西のあずまやの近くに空いているベンチを見つけた。ウクレレを弾きながら、このところ頭の中で鳴っている新しいメロディーにコードを付けてみる。
途中までは好調だった。しかし、邪魔が入り結局断念。
ヨレヨレの格好をした怪しげなじいさんがフラフラと自転車でやって来て、となりのベンチに陣取ったのだ。
自転車のカゴを黒いゴミ袋で包んで中身が見えないようにし、後ろの荷台には無数の洗濯バサミがくっついている。
カゴの中から白い買い物袋を次々に取り出してはベンチの上に並べ、何やらぶつぶつと独り言を言っている。いかにもあやしい。私が音を確かめるためにちょっとだけウクレレを鳴らしたら、聴こえたらしくじっとこちらを凝視し始めた。
まずいな、と思った瞬間、案の定話しかけられた。
「これ、百円。」
「は?」
「これ、百円だったんだよ。」
見ると、袋の中からエアーホーンってやつだろうか、黒い部分を握ると「パフパフ」と音のするラッパを取り出して得意げに笑っている。
「百円。」
どうやら百円ショップで色々な物を買い込んで来たらしい。
どう返事したらいいか解らなかったので、とりあえず曖昧な表情で「・・・よかったっすね。」と言い、無視して作曲の続きをしようと思ったのだが、じいさん気を良くしたのか、構わずどんどん話し続けた。
いわく、
・このラッパのもっと小さい奴を持っていれば、地震でタンスやなんかの下敷きになったとき、声が出せなくても助けが呼べる。
・国民全員がこれを持って、寝るときは必ず枕元に置いておくべきだ。
・今日買ったのはでかすぎるからこの自転車にくっつけるつもりだ(そう言いながらハンドルにセロテープでラッパをぐるぐる巻きにし始めた)。
・世の中はなんだかんだ言っても結局は金だ。金持ってない年寄りはまるで世間から相手にされない。
・もう定年退職したが、年金が少なくてやってられない。オブチなんかあーだこーだ偉そうに言ってるが、まるでわかっていない。
・自分はこうやって毎日公園に来ているが、気持ちだけは前向きに行きたい。まだまだ仕事も出来るし、何でもいいから働きたい。
・自分も楽器をやってみたい。自分は田端義夫が大好き。
・あんちゃん(私のこと)も学校でバタヤンをやれば絶対人気者になれる。歴史は繰り返すから、これからバタヤンのブームが来る(私の事を学生と思ったらしい)。
etc,etc.
まるで飲み屋の会話である。テキトーに相槌を打ちながら聞き流していたのだが、意外と話が面白く、途中から結構話し込んでしまった。じいさんの歳は70位、白髪の混ざった頭をさっぱりと短く刈り込み、背筋はしゃんとしてる。最初思ったほどアブナイ人ではないらしい。
しかし、結局邪魔は邪魔である。30分程してじいさんが帰り支度を始めた時、私は正直ほっとした。そしてついこんな言葉をかけてしまった。
「おじさん、体さえ丈夫ならまだまだ平気だよ。風邪ひかないで、元気でね。」
これがいけなかった。にわかにじいさんの目が怪しい光を帯び、乗りかけていた自転車から降りていっそう高いテンションで話し始めた。
「そうだよ。俺なんかまだ手も足も付いてるし、運がいい方だ。東京大空襲の時にみんな俺の友達なんか足吹っ飛ばしたりしちまったもんなあ。焼夷弾て知ってるか。一軒や二軒じゃねえんだよ、町中みんな燃えちまうんだよ。ウチなんか四軒長屋で・・・・」
戦争の話が始まってしまった。経験上知っているが、この年代の人達がこうなってしまったらもう誰も止められない。こちらには思いも寄らないきっかけでスイッチが入ってしまうのだ。
私はあきらめて楽器も荷物もしまい、腰を据えてじいさんの話を聞くことにした。なかなか興味深い内容だったが、長くなるのでここには書かない。
結局2時から4時まで公園にいて、そのうち1時間半はじいさんとしゃべっていた。何なんだ、今日は。
しかし、最近きつい仕事(雑誌に載せるギターの奏法解説を書いていた)が続きすさんでいた気持ちが、じいさんと話したためにちょっとだけ和らいだのも事実だった。実は私もあのじいさんと同類で、知らない誰かと話をしたかったという事なのだろうか。
自転車の荷台に付いていた何十個もの洗濯バサミは、何に使うのか聞き忘れた。残念。
2000/02/09(水)晴れ、風強し。
犬:弱そうな奴が2匹。
風が強くて土埃が立ち、珍しく公園には人の姿がまばらだ。今日は犬さえ見かけない。ボートも営業中止で、池はまるで海のように波が立っている。
こんなにひっそりとした井の頭公園というのも、久しぶりに見た気がする。最近よく見るヤマハのセミアコを抱えた60年代風ファッションの変なオジサンも、こころなしかさえない表情だ。物売りらしいが、あの人毎日ここに来ているのだろうか。ギター弾いていたけど、下手だった。
でも、こういう寂しい光景っていいな。
野外ステージに上がってみたら、風が避けられて暖かかった。