2000/04/04(火)雨
犬:確か村上春樹の小説に「雨に濡れた三本足の犬みたいに惨め」って表現があったな。
今日はノムラさんの即興セッションの後下北沢で飲み、終電近い井の頭線で帰ったのだが、電車の中で本を読んでいたらうっかり乗り過ごしてしまった。で、まあ桜も咲いているし、一駅分歩こうと思い井の頭公園駅で降りた。
どうせなら公園内を一周しようとギターケースをかついで歩き出したとたん、・・・雨が降りだした。
最初は小雨だったので甘く見ていた。公園に降りて神田川沿いに歩いていたら、しばらくして本降りになってしまった。私の横を、中年男性が連れの若い女性の手を引っ張りながら「なんや今日は降らへん言うとったのにな」と言って走って行った。
電車の音がした。渋谷行きの終電が去っていく所だ。なんだまだ電車あったのか、乗れば良かった。
さえない顔で30分近く歩いて帰った。冬と違い暖かい雨だったのが救いだ。
桜はまだ五分咲きだ。このくらいの雨ではびくともしないだろう。
2000/04/012(水)晴れ
犬:「アッハ、アッハ」と鳴きながら小走りで走ってる奴がいた。ドイツ語ぽかったので、「ヒムラー」という名前を勝手に付けてやった。
しづこころなく散る桜の下でウクレレを弾いてみたくなって、まだ花見客がいるかも知れないとは思ったが出かけてみた。午後2時半頃。
確かにいつもより人は多いが、平日の昼間という事もあってか不愉快なほどではない。しかし野外ステージの周りではもう花見客がビニールシートを広げて場所取りをしていた。中には20メートル四方くらいの大きなものまである。みな判で押したようにキタナイ青色だ。敷くのはせめてゴザにして欲しいところだが、まあ人それぞれ事情があるのだろう。そしてそれぞれのビニールの上で場所取り係と思われる人が一人二人くらいずつ、さえない顔で寝転がっていた。何ともダラシナイというか、呑気な光景だ。
似顔絵描きのじいさんは、今日もいつもの場所にいた。ラモス顔の外人は二人に増えていて、じいさんはとても流暢なカタカナ英語で彼らと何やら熱心に話し込んでいた。やはりこの人、ただ者ではないようだ。
池の南東部あたりにいい感じで花びらの散っているスポットがあったので、柵に腰掛けてウクレレを弾いてみた。オオタサンバージョンの「サヨナラ」。通る人がリアクションに困ったりしないように、ひっそりと弾く。天気は快晴で爽やかな風が吹き、散った花びらがピンクの絨毯のように池に浮かんでいた。しばし至福の時を過ごす。
祝祭的な雰囲気をかぎつけたのだろう、今日は大道芸人を多く見かけた。殆どは人の多くなる夜に備えて準備中だったが、日曜日によく見かける猿回しの人は芸を見せていた。この人(と猿)は今日も一番の人気者で、辺りは黒山の人だかりだ。歓声と笑い声が絶えない。他にはカラオケをバックにケルト音楽を演奏するフルート吹きやケーナを吹きながら笛を売る南米人などがいたが、これらはあまりこの場にはマッチしておらずどうも芳しくない様子だった。
PARCO裏の「カルディ」でコーヒーを買おうと思い吉祥寺駅の方へ歩いて行ったら、「井の頭不動産」の前にまた大道芸の人がいた。台の上に立って彫像の様なポーズを取り、そのまま瞬きもせずにずっと動かないままでいるという、まあちょくちょく見かける芸だ。私はこの芸では体を白く塗って薄い布をまとっているスタイルしか見たことがなかったが、この人は原色の派手な衣装を着て顔も赤と青に塗っていて、遠くから見るとマネキンみたいに見えた。周りに人の輪が出来ていたので私もその中に加わりしばらくずっと眺めていたが、本当にぴくりとも動かない。大したものだ。
しかし、見ているうちにだんだん彼の右手の位置が気になりだした。下方に向かってぴんと延ばしているのだが、その角度が私にとっては、その何てゆーか、イマイチ美しくないのだ。
そこで、思い切って近づいて行って彼の手を取り、肘の関節をカクンと曲げて方向を直してやった。見物人達の含み笑いが聞こえる。間近で見ると彼は本当にマネキンみたいな彫りの深いハンサムな顔立ちで、瞳は綺麗なブルーだ。手には力がほとんど入っておらず無抵抗で、私の修正したポーズのままで美しく固まった。「これでよし。」面白かったので財布から100円玉を取り出して料金箱代わりの帽子に入れてやり、私は立ち去ろうとした。しかし、その後思わぬ事態が起こった。
それまで全く動かなかった彼の目がぎょろりと私の方を見て、顔だけを動かして「ニタ〜〜〜ッ」とものすごい表情で笑ったのだ。不覚にも私は「わ〜〜っ!」と声を上げて驚いてしまった(後で考えてみたら、あるいはお金をもらったときに皆にこれをやるのかも知れない)。
これが見物人たちに大うけし、遠巻きに見ていた人達が皆近寄ってきて次々に帽子にお金を入れていった。
イタズラをしたつもりが上手く商売のダシに使われた格好になった訳だ。赤面してしまったが、再び無表情に芸を続けつつも内心「やったぜ」と思っているであろう彼の気持ちを考えると、妙に楽しくなった。
2000/04/25(火)午後2時、快晴
犬:変わった犬を散歩させている人がいると思ってよく見たら犬ではなくマングースだった。
公園に入ると圧倒的な緑が目に飛び込んできた。夏の力強い緑とは違い、やわらか〜な、どちらかというと蛍光グリーンのような色だ。
昨日の雷雨で水溜まりがあちこちに出来ている。1匹だけだったがその中にアメンボを発見し、なつかしかった。
いつものラモス顔の外人さんとすれちがった。今日は宣教師みたいな格好をしていた。女の子に話しかけて無視され、さえない表情をしていた。
似顔絵描きのおじいさんは、なんと今日はお客さんをつかまえて仕事をしていた。モデルは70歳位の白髪のおじいさんだ。真剣な表情で顔の皺を1本1本、注意深く描いていた。やる時はやるんだねえ。
今日公園に来たのは、ちょっとした目的があった。ル・クレジオと言う作家の短編集(*)の中の「アザラン」という作品を読んで、どうしてもじっくりと空を眺めたくなったのだ。絵描きじいさんの指定席から少し先に空いているベンチがあったので、仰向けに寝転がってみた。隣のベンチには若いカップルがいたが気にしないことにする。
空は晴れ渡っていて、雲ひとつ見えない。日差しが強くて目が痛くなるので、やや斜めを向いた。空の色は、乾いた冬の晴天や能天気な夏空とは違いのっぺりとしたコバルトブルーだ。あまり「空が高い」という感じではなく、ポスターカラーで塗りつぶした様に平面的に見え、じっと見ていると遠近感を失う。時折雀の群が通り過ぎていく。目を閉じるとカラスの声、池の噴水の音、通り過ぎる人達の話し声、風の通る音、誰かが遠くで弾いているギターの音などが聞こえてくる。特にカラスの声は右チャンネル左チャンネル、遠くの声から近くで鳴いている声までまんべんなく聞こえ、いつまで聞いていても飽きない。
しばらくそのままぼけーっとしていた。ふと目を開けると何故かセーラー服を着た金髪の外人女子高生がこっちを見ていて、目が合うと恥ずかしそうにして行ってしまった。私の顔がよっぽど間抜け面に見えたのか、あるいは「ナマケモノ」という日本語を思い出そうとしていたのかも知れない。まだ可愛かった頃の安室奈美恵に似ていて美人だったが、脚が太かった。
今日は今年初めて池を泳ぐ亀の姿が見られた。注意深く見ると、池のあちこちで水面から亀が顔を突き出していて、これが立ち泳ぎをしている人間みたいに見えて面白い。これから11月くらいまでは、またしばらく亀を眺めることが出来る。
家に帰ると顔面がひりひりした。まだ五月にもなっていないのに、もう日焼けかい。
(*)ル・クレジオ「海を見たことがなかった少年」集英社文庫。これに収められている短編「モンド」はトニー・ガトリフにより映画化されている。
2000/04/29(土)午後2時、快晴
犬:あー、そういえば今日は犬のことなんか気にも止めなかった。
池の亀と至近距離で目が合い、3秒ほど見つめ合った。ちょっとこわかった。
サルテリー弾きのGREGOさんがいた。相変わらず素晴らしい演奏だった。